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東京地方裁判所 昭和63年(ヨ)2251号 決定 1988年11月30日

債権者

遠藤利美

右代理人弁護士

田中晴雄

債務者

日本電子計算株式会社

右代表者代表取締役

松本敏

右代理人弁護士

大下慶郎

納谷廣美

鈴木銀次郎

飛田秀成

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和六二年六月一日から本案確定に至るまで、毎月末日限り金一〇万円を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当裁判所の判断

一  債務者は事務計算、科学技術計算の受託及びこれに付随する業務を目的とする会社であること、債権者は昭和六二年五月三〇日に債権者との間において、期間を定めて臨時に雇用されるいわゆるアルバイト従業員(以下「アルバイト」という。)として就労することを目的とする労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結したこと、右労働契約は契約期間を同年六月一日から昭和六三年五月三一日までとし、右期間が満了したこと、債務者は右期間満了の後である同年六月一日以降債権者の就労を拒否していることはいずれも当事者間に争いがない。

二  債権者は、本件労働契約は就業期間が一年間と定められているが、右期間満了時において、債務者としては特段の事情がない限り契約の継続することを期待し、債権者としても引き続き雇用されることを期待しており、実質において当事者双方とも、期間の定めは一応あるが、当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったのであり、昭和五三年から期間の満了毎に当然更新を重ね、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたのであるから、右期間満了により労働契約上の地位を喪失することはなく、したがって雇止めの意思表示は実質において解雇の意思表示である旨主張するのでこの点について検討する。

1  当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

(一) 債権者は、昭和五三年七月二四日に債務者との間において、債務者の一部門であるデータサービス課のアルバイトとして、契約期間を同年八月一日から昭和五四年七月三一日までとし、正社員と異なり業務内容を主として日本証券代行株式会社(以下「日証代」という。)の業務についての補助作業(目検、校正作業等)とする旨の労働契約を締結し、その際債権者は債務者に対し、右期間を明記し遵守すべき注意事項の記載してある誓約書に署名捺印して提出した。なお、右日証代の業務については、昭和五二年末に日証代から債務者に対しコンピューターのソフト・システム開発の注文がなされ、昭和五三年に作業が開始されたもので、その業務内容は、日証代の受託している株式会社六〇社五〇万株主の全株主名簿を一社ずつ漢字登録に切り替えていくものである。したがって、この日証代の業務は数年をもって右六〇社全株主名簿の漢字登録の完了と共に終わることが予定された一時的なものであった。

右契約の期間は一年であったが、その後も日証代の作業が続いたため、債務者は、その進捗状況を検討したうえで昭和五七年三月三一日まで一年ごとに三回更新を繰り返してきたが、特に書面を作成することはなかった。

(二) 債務者は、昭和五六年二月ころ、アルバイト人員が一〇〇人程度となりその経費が増加し、アルバイト人員を制限する規定もなく当該部署の判断で募集申請がなされていたことなどから、アルバイトの有効活用について検討することとなり、その結果の一つとしてアルバイト勤務についての規程化をはかることとし、同年一二月初めに規程案ができ、役員会の承認を得たうえ「アルバイト勤務規程」として昭和五七年四月一日から施行することを決め、各課長からその所属のアルバイトに右規程の内容を周知させた。そして、右施行に伴い、契約締結の場合には右規程に則りアルバイト労働契約書を作成することとなった。そこで、債務者は、昭和五七年四月一日に債権者との間において、契約期間を同日から昭和五八年三月三一日までとしアルバイトとして雇用する旨の労働契約を締結し、債権者は、他のアルバイトと同様に右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印をした。

(三) 債権者は、昭和五三年八月にアルバイトとして債務者に採用されてから主として日証代の業務の補助的作業(目検、校正作業等)を担当してきたものであるが、昭和五七年五月ころ、日証代グループのチーフである山内明子との間において業務上のいざこざから口論のうえ掴み合いとなる事態を生じ、同年八月ころには、右グループの一員である尾崎憲司に対し、やはり業務上のいざこざから暴行に及んだ。債権者の上司であるデータサービス課長は、厳重に注意を与えたが、債権者と共同作業をしていた同僚の従業員から債権者を他の部署に配置転換するようにとの要望がなされたため、同年一〇月には今まで七階作業場で行っていた業務を八階に移して、債権者を同課長の直接目の届くところに置き二度と暴力行為等の事件が起こらないように注意することとした。

また、債権者は昭和五八年二月初旬ころ、データサービス課長に対し、昭和五七年度分の源泉徴収につき、その対象となる給与等の所得の中に交通費を含めて源泉徴収額を算出するのは誤りだから修正してほしいと申し入れてきた。同課長は、債務者においては従来からアルバイトには源泉徴収票に交通費を明記したうえで給与等の所得額に含めて源泉徴収を行ない、アルバイト本人に確定申告をして調整してもらう方式をとっている旨を説明したが、債権者は納得をせず右主張を繰り返した。そこで、同課長は担当の運用管理課長と相談のうえ、アルバイト分の源泉徴収票について交通費を除外した給与等の所得額で再計算をし、債権者に再発行することとした。ところが、債権者は、再発行される源泉徴収票が手書き発行ではアルバイト全員分の修正が行われたか否かを判断できないとし、電算機で作成した源泉徴収票を交付すること及び他のアルバイト全員の源泉徴収票を閲覧させることを要求した。そこで、データサービス課長は、そのような義務はないとして右要求を拒否したが、債権者からその後数回にわたり右要求を繰り返され、仕事に支障をきたすことが多かった。

(四) そこで、債務者は右に述べた暴行事件や源泉徴収票の件があったこともあって、昭和五八年三月三一日の期間満了をもって債権者を雇止めにすることとし、データサービス課長が同年二月末にその旨通知した。しかし、債権者は右通告を無視し、同年四月に入ってからも出社を続けたため紛争が続いたが、同月中旬ころ債権者が債務者に対し、今後二度と問題を起こさないことを約しアルバイトとしての雇用を懇請したので、債務者は様子を見るため契約期間を同年四月一日に遡って同日から同年五月三一日までとしアルバイトとして雇用する旨の労働契約を締結し、債権者は右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印した。そして、債務者は、債権者が次第に落ち着いてきたことから、同年五月三一日に契約期間を同年六月一日から昭和五九年五月三一日までとする右と同様のアルバイト労働契約を締結し、債権者は右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印した。

(五) その後、債権者が主として携わっていた日証代の業務が続いたことから、債務者は昭和五九年五月一八日に債権者との間において、契約期間を同年六月一日から昭和六〇年五月三一日までとし、アルバイトとして雇用する旨の労働契約を締結し、債権者は右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印した。昭和六〇年四月ころからは徐々に日証代の業務が減少する傾向となったが、なお右業務が続いたため、債務者は、同年五月三一日に債権者との間において、さらに契約期間を同年六月一日から昭和六一年五月三一日までとする右と同様の労働契約を締結し、債権者は右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印をした。

(六) 昭和六〇年後半に入り日証代の業務はますます減少し、昭和六一年四月には終了する見通しとなったため、日証代グループのアルバイト従業員四名全員について契約を解消することになり、データサービス課長が交渉した結果、債権者を除く三名については同年度中に契約を解消して退職することについて同意が得られたが、債権者からは契約解消についての同意が得られず、やむなく職種の切り替えを試みたが、自分には目検作業が適しているとして、職種替えを拒否した。

このころから、債権者は日証代の仕事が減少し、仕事のない待ち時間(以下「手待ち時間」という。)が増大したにもかかわらず、自分のアルバイト勤務表の勤務時間帯の欄に日証代の顧客先コード番号を記入し、あたかも同社の業務をしているかの如く虚偽の報告をするようになり、データサービス課長が再三注意をしても応じなかった。

(七) 昭和六一年四、五月ころには、日証代の業務はほとんどなくなったので、債務者は、債権者との間の契約期間が同年五月三一日で満了するので、これをもって契約を終了したいと考え、債権者に対し日証代の仕事がなくなっていることを説明したが、債権者は日証代の業務は減っていないと言い張るので、その性格から、また前記同様の紛争を起こしかねないと考え、やむなく同年五月三一日に債権者との間において、さらに契約期間を同年六月一日から昭和六二年五月三一日までとする前記同様の労働契約を締結し、債権者は右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印をした。

(八) 昭和六一年六月からの一年間は日証代の業務はほとんどなく、日証代グループの四人のアルバイト従業員のうち三人は前述の約束どおり同年一一月までに債務者を退職した。

ところが、債権者は債務者の説得に応じないので、やむなく債務者は債権者に日証代以外の業務をさせたが、他の仕事には意欲がなく、また協調性がないため他の人との共同作業ができなかった。さらに、債権者は手待ち時間がますます多くなり、前述のようにアルバイト勤務表に虚偽の記入を繰り返していたことから、債務者は昭和六二年五月で契約を終了しようと考えたが、いたずらな紛争を避けるために、昭和六二年五月三〇日にやむを得ず新たな就職先を探すための猶予期間を与える趣旨で債権者との間において、さらに契約期間を同年六月一日から昭和六三年五月三一日までとする前記同様の労働契約を締結し、債権者は右契約期間を明記したアルバイト労働契約書に署名捺印をした。

(九) 前記のとおり、日証代の業務は昭和六一年四月ころにはほぼ終了していたうえに、債権者は、昭和六二年一二月上旬ころデータサービス課長に対し、昭和五八年度分及び昭和五九年度分の源泉徴収につき前記同様の申し入れをし、午後五時から抗議をするのが日課のようになり、同課長の事務に支障を来したほか、債権者は前述のようにアルバイト勤務表に虚偽記入を繰り返し、同課長の再三の注意にもかかわらず改まらなかった。そこで債務者は、昭和六三年四月二八日にデータ管理部長から債権者に対し、本件労働契約は同年五月三一日をもって期間満了し、以後右契約を締結しない旨通告した。

なお、正社員とアルバイトとは、採用、管理部署、退職手当の有無、福利厚生施設の利用権の有無等につき相違があり、特に勤務、賃金に関しては、正社員の勤務時間は平日午前九時から午後五時二〇分まで、土曜午前九時から午後一時二〇分までで、賃金は給与テーブルにより定められ、年一回の定期昇給と共に年二回の賞与支給があり、手当としては時間外勤務手当、食事手当、住居手当、家族手当、通勤手当等があるが、アルバイトの勤務時間は平日午前九時から午後五時まで、土曜九時から正午までで、賃金は採用時に契約書に記載された時間給で、定期昇給はなく、手当としては時間外勤務手当、交通費(一日四〇〇円を限度として実費支給)のほか、季節手当(年二回)として正社員の賞与支給時に一万円ないし二万円を支給している。

2  右各事実によれば、債務者は最初の契約時に業務内容、契約期間を明示して労働契約を締結し、その業務内容は正社員と異なり債務者の一部門における特定業務の補助作業で、数年をもって完了することが予定された一時的なものであり、その後、昭和五六年までは書面は取り交わさなかったものの、債務者は業務の進捗状況を検討して一年毎に契約を締結し、昭和五七年以降は必ず契約期間満了前に新契約締結の手続きをとりアルバイト労働契約書を作成していたものであり、しかも、正社員とアルバイトとは勤務時間、各手当、賞与の支給等において実質的に相違があるのであるから、本件労働契約が期間の定めのない契約に転化したり、あるいは期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも債権者と債務者との間に期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたということはできない。しかも、加うるに、債権者は昭和五七年からは「アルバイト勤務規程」に基づき自ら契約期間の明記されたアルバイト労働契約書に署名捺印をし、昭和五八年四月には従来一年であった契約期間を二か月とするアルバイト労働契約書に署名捺印しており、また、債務者は昭和六〇年後半には日証代の業務が完了する見通しとなったため昭和六一年中に右業務担当のアルバイトのうち債権者を除く全員との労働契約を解消し、同年以降の債権者との間の契約更新時には右業務が完了していたため常に更新につき問題が生じ、債務者は更新拒絶を予定しながら、結局紛争を回避するためやむなく更新してきたことからすると、本件各労働契約は単に形式的に更新を重ねてきたものとは認められないから、右各契約につき反覆更新された事実があるからといって期間満了後も債務者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められるとはいえない。したがって、債務者が債権者を契約期間満了によって雇止めにするに当って、解雇に関する法理が類推されることもない。

仮に、本件契約関係がある程度の継続を期待することに合理性が認められるとして解雇に関する法理が類推されるとしても、右各事実のとおり、債権者は日証代の業務以外の仕事には意欲がなく、また協調性がないため共同作業ができないこと、他の職種への切り替えを拒否したこと、アルバイト勤務表へ虚偽記入をするという不正行為を繰り返し、再三の注意にもかかわらず止めなかったこと、右業務が完了し、これに伴う債権者の手待ち時間が著しく増加したことなどの事実関係の下においては、債務者が債権者に対してなした昭和六三年四月二八日の契約を更新しない旨の雇止めの意思表示が濫用にわたるものと解することはできない。

してみると、債権者が昭和六二年五月に債務者との間において締結した本件労働契約は一年の期間の限られたものであるから、債権者は右期間満了の日である昭和六三年五月三一日の経過をもって、債務者のアルバイトとしての地位を喪失したものである。

三  よって、本件申請は被保全権利についての疎明がないというべきであり、保証をもって右疎明に代えさせることも相当でないから、これをいずれも却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 酒井正史)

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